緊張はピークに 息子の失踪から5日目

息子の失踪から5日目には出来る事が少なくなって来ました。

私はまた、高速バスのチケット売り場に行きました。息子の名前で予約がされていないか調べてもらったのでした。

何をやっても深いため息が出ます。予約されていないとのことです。
正常心でいられないのは私だけではありませんでした。

私の実家は埼玉県にあります。息子が訪ねていく事もあるだろうと思い、私の父母であるおじいさん、おばあさんに息子の失踪事件について連絡しておきました。かなり心配している様子です。

年寄りは同じことを繰り返し言って、自分の言葉にさらに影響されて興奮してしまう傾向があります。だからあまり伝えたくなかったのですが、息子が訪ねる可能性は大きいと思えたので、話したのでした。

これまで2度程、息子は高速バスに乗って東京見物に行ったのですが、いずれもおじいさん、おばあさんの所に泊めてもらったのでした。場所は分かっているので、お金が無くなったりしたら頼って訪問するかもしれません。

心配して電話かけてくるので、あまり考えないでいてくれと頼みました。そうでもないと体が持たないからです。

東京へ
 

流石に5日目になると、誰もが緊張はピークに達していました。
妻は自分の盆休みの間に、息子の失踪事件を解決したいと焦っていました。再び東京へ行って息子を探しまわりたいと言うのですが、東京で一人の人間を探すのが困難なのは火を見るより明らかです。

私と妻は行動するタイミングが違います。妻は直ぐに行動したがります。私は丁度、妻の行動力の持続性が途切れた当たりに動き出すタイプです。

東京に行って探すにしても、息子の所持金が少なくなり、行ける所が限られて来てからの方が見つけやすいと私は考えていました。

そう私の意見を言うと、実は妻は妻で私を気遣ってくれた様で、一人で都会を探し歩くのは大変だから、自分が休みの間に一緒に行こうと言ってくれていたのでした。

私は私で妻の考えに合わせて、

「 それじゃ、夜、東京へ行って、駅周辺と漫画喫茶を訪ねて回ろう! 」と提案したのでした。

・・・ という事で、お盆真っ最中に東京に行くことになりました。

それからがちょっと忙しかったのでした。
漫画喫茶に息子の写真を配って歩こうというので、都内の漫画喫茶のリストを作ったり、写真を印刷したりの事務作業があったのでした。

私はそういう事には手際が良いです。自分の才能に改めて感心したのでした。

「 お前も運転しろよな。 」

私がそう言うと、妻が運転する気が無かったのが分かりました。長距離の運転は男がしてくれるものだと思っているのでした。

私は腰痛持ちなので、長い時間運転できません。特にお盆の渋滞の中を行こうというのですから、妻にも運転をしてもらわないと東京までは行くというのは無理というものです。

そこは妻が妥協して運転をしてくれることになりました。

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